西端の街、巨大な造船所。
金網の向こう側の男たち。
幼少時に造船所の金網越しに目撃した異形の人々。歩くたびに金属音がする、腰に様々な道具をぶら下げた男。鉄仮面を付け、硬そうな皮のジャケットをかぶり、重たいブーツを引きずる男。ゴーグルとマスクと真っ白な作業服を、ガムテープで全身に巻きつける男。
錆びた鉄骨とボルトで作られた異世界に暮らす異形の男たちを、子供だった僕は、まるで西部劇やSF映画のアウトローを見るように、畏れと憧れの入り混じる気持ちで眺めていた。
サセボプロジェクト03
写真集『HEAVY METAL』
写真と文:松尾修
アートディレクション:中村圭介(ナカムラグラフ)
デザイン:吉田昌平(白い立体)
仕様:B4変版(265 x 364縦本)、布張上製本112頁
発売:日販アイ・ピー・エス
発売日:2016年8月26日(金)
価格:4,500-円+税
ISBN 978-4-908245-02-2
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Story
ヘヴィーメタル
松尾 修
1970年代、ひとりでは映画館に入れなかった小学生の頃、年長の従兄弟に頼み込んで、立ち観でスターウォーズを観た。学校をずる休みした平日の昼間、テレビの洋画劇場の再放送で、荒野の用心棒を観た。自転車で海に向かう道すがら、2キロほども続くバイパスの金網越しに、巨大な造船所の中で働く男たちを見た。
ピカピカ、ツルツルではないポンコツで錆びついたSF感。砂と汗にまみれ、腰には使い古された皮のベルトと銃を着け、西部をさまよう悪漢たち。油で汚れているってカッコいい、錆び付いているってカッコいい、マスクをしてるってカッコいい、なにより腰にジャラジャラとぶら下げているってカッコいい。小学生の僕が映画の中で憧れた存在を、金網の向こうに毎日見ることができた。
九州の西端、南側を海にその他の三方を山に囲まれた土地に僕が生まれた街、佐世保はある。小さな漁村に過ぎなかった佐世保は、明治時代に軍港として見いだされ、戦後も在日米軍と自衛隊が常駐する国防の街、海軍工廠を引き継いだ造船の街として発展を遂げてきた。佐世保港をぐるっと囲んだ斜面には、街の人々が暮らす家々があり、どこからでも港の様子を眺めることができる。港の半分はグレーの軍艦たちが停泊する米海軍基地、残りの半分はどんな大きな船も飲み込んでしまいそうな複数のドックと、巨大な恐竜のようなクレーン群からなる造船所である。造船所より一段高い山側には、まるで劇場の二階席のように、金網一つで仕切られたバイバスが通っている。
小学生だった僕らは坂道だらけの街にもかかわらず、よく自転車に乗った。自分たちの足で行動できる自由は、家路につく際の急な上り坂の苦痛と引き換えにしても、かけがえのないものだった。みんなで街外れの小さな砂浜に向かう際、必ず造船所のバイパスを通る。錆び付いた巨大なクレーンの足元を、金網沿いにスピードにのり、みんなで奇声をあげながら疾走した。ただただ広くて深い空のドックを眼下に眺め、もしあそこの真ん中に取り残されたら、と想像して恐れをなしたりもした。たまに自転車を止め、金網にかじりついて、巨大な船がプラモデルのように作られる様子を長い間眺めたりもした。その時目撃した造船所の男たちは、子供の僕らから見たら異形の人々。歩くたびに金属音がする、腰に様々な道具をぶら下げた男。鉄仮面を付け、硬そうな皮のジャケットをかぶり、重たいブーツを引きずる男。ゴーグルとマスクと真っ白な作業服を、ガムテープで全身に巻きつける男。昨日の汚れも取れていないのかと思わせる真っ黒な顔と、あちこちが破れた作業服で食堂へと向かう男。小学生の僕は、金網の向こうの錆びた鉄骨とボルトで作られた異世界に暮らす異形の男たちを、まるで西部劇のアウトローを見るように、畏れと憧れの入り混じる気持ちで眺めていた。
僕らがほんの少し成長した頃、だんだんと色んな話が耳に入るようになってきた。造船不況なんて言葉も理解するようになった。僕らにはわかっていた、あそこにいた男たちは、映画の中の登場人物ではなく、友達の父親や近所のおじさんだ。米軍で働く僕の父親だって似たようなものだった。父親が造船所を辞めて転校していった友人もいた。
それでも現実の世界に抗うように、僕は働く男の情にまみれた物語には興味を持てなかった。今日も金網の向こうでは巨大な鉄の恐竜が動き出し、アウトローたちは、培ってきたスタイルと装備で仕事をこなしていく。それはしょせん子供の想像の世界だと片付けられない。なぜなら、あれから40年が経った今でも、あの男たちはそこにいた。
了